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コロナ禍で増える飲酒量と疾患

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厚生労働省の2013年の調査では、日本にアルコール依存症の人は109万人いると推計されており、アルコール依存症と診断される人は5〜6万人いるといわれています。この統計からは、病院に通院しておらず危険飲酒をしている人が約100万もいるということになります。さらにいうと、アルコール依存症の予備軍といわれる人は約800万人もいるようです。今回はアルコール依存症について解説します。

メンタルヘルスコラム:コロナ禍で増える飲酒量と疾患

アルコール依存症とは

アルコール依存とは、お酒の飲む量や状況、タイミングを自分でコントロールできなくなった状態のことをいいます。病気ではなく性格の問題だとか、本人の意思の弱さによって起きるものではなく、医療機関で治療が必要であり精神疾患の枠組みとなり治療は可能です。

アルコール依存症の状態は精神依存(お酒がないと物足りないなどの精神的欲求)と身体依存(お酒が切れると身体に不快な反応が出てそれを解消するための飲酒)の2つに分けることができます。

〇精神依存の症状

・お酒への強い欲求が起こり飲まないと落ち着かず不安
・飲みはじめると適量で抑えられない
・記憶をなくすほど飲んでしまう
・お酒がないと家中を探し回り、夜中でも買いに行く
・「もう飲まない」と宣言しても、また再び飲んでしまう
・飲んだ次の日は辛く、朝からお酒を飲むことがある

〇身体依存の症状

・お酒が飲めないと手や体が震えるようになる、飲むと治まる
・飲んでいないと大量に汗をかいたり、動悸が激しくなる
・飲酒をやめると1~2日後に痙攣、発汗(特に寝汗)、吐き気、嘔吐といった症状が出る
・飲酒していないと幻覚や幻聴が生じる

アルコール依存症は、心身の健康、仕事、家庭などへ悪影響をもたらします。本人の心身の健康だけでなく家族や職を失い、末期になると自殺または事故を起こし他人の命を奪うことすらある病気といえます。アルコール依存症の親は子供に暴言や暴力をふるってしまうことや、育児放棄により健全な心身の発達が損なわれる可能性もあります。原因としては、遺伝的な要因や環境要因などが考えられています。アルコール依存症はお酒に強くない人でも起きる病気です。
習慣的な飲酒は、アルコールに対する耐性をもたらし酔いにくくなることで飲酒量が増えてしまいます。

アルコール依存症の症状

アルコール依存症になるとアルコールが体内から抜けてしまった時に、手の震えや多量の発汗、動悸や吐き気、不安感や焦燥感、興奮ときには幻視や幻聴などの離脱症状が出てしまうのです。これを抑えるためにまた飲酒し、アルコール依存が悪化するという悪循環に陥ってしまいます。

アルコール依存症になると身体的な合併症も現れ、代表的な合併症は以下の3つです。

〇肝障害

アルコールは肝臓で分解されるため、アルコールを多飲していると肝臓に負担をかけることになります。そうすると脂肪肝になり、さらにアルコール性肝炎、肝硬変と悪化していきます。肝硬変になると死亡率が非常に高くなるため危険な合併症といえます。

〇食道静脈瘤

食道静脈瘤は食道の静脈にこぶのような血の塊ができてしまいます。これは、アルコールによる肝障害が進行して肝臓の繊維化(肝硬変)が起きると門脈圧が上がることが原因とされています。食道静脈瘤が破裂すると大量の吐血をしてしまいます。肝障害は出血が止まりにくい状態となるため、さらに注意が必要です。

〇アルコール膵炎

アルコールを飲み続けることで膵臓に炎症を起こします。慢性膵炎の多くはアルコールの多飲が原因です。膵炎が起こると背部痛や上腹部痛が起こりますが、膵炎の痛みは鎮痛薬が効かないことが多く、急性膵炎は死にいたることもあります。

この他にも、アルコール心筋症(心肥大や不整脈、動悸)やウェルニッケ脳炎(眼球運動障害、歩行障害、意識障害)、アルコール小脳変性症(歩行障害、言語障害、振戦、筋緊張低下)などの合併症が現れることもあります。さらに、うつ病やパニック障害、不安障害などを合併していることが多く、アルコールの多飲は脳を萎縮させますので認知症のような症状が現れることもあります。

アルコール依存症の診断基準

アルコール依存症は、ICD-10とDSM-5により診断が行われ、ICD-10の中では、「精神及び行動の障害」に分類されています。また、スクリーニングテストとして以下のようなものもあります。

KAST(久里浜式アルコール症スクリーニングテスト)

日本の一般人口やアルコール依存症の初回入院患者を対象にした調査結果などから作成されました。
体質差を考慮して、男女別に違う10項目の質問からなります。

AUDIT

国際的な調査研究に基づいて作成されたもので、人種や性別による差が少ないとされています。10項目の質問からなります。

メンタルヘルスコラム:アルコール依存症の治療方法

アルコール依存症の治療方法

アルコール依存症の治療法として多くの場合、入院治療が選択され、退院後も継続して治療を続けていく必要があります。それは、アルコール依存症の人が治療後に再び飲酒してしまうと、またアルコール依存症に逆戻りしてしまうためです。そういう意味では、アルコール依存症は完治することはなく、上手に付き合っていく必要がある病気と言えるでしょう。しかし、アルコール依存症の治療をしても、断酒できる割合は20~30%しかないといわれています。ここで3段階にわけてアルコール依存症の治療方法をご紹介します。

① 解毒治療

体からアルコールを抜く解毒治療を行います。急にアルコールを飲まなくなると、幻視や幻聴、発汗、動悸、振戦などのつらい離脱症状に襲われる事があり、通常は入院設備のある所で行います。断酒する時には、必ず主治医に相談してください。

② リハビリ治療

アルコールを身体から抜いた後はリハビリ治療を開始します。
その間にアルコール依存症に関する知識と回復の方法を学びます。このリハビリ治療の目的はどうやったら断酒できるかを考え実行できるようになることです。そのためには、飲酒が引き起こす諸問題やアルコール依存症という病気について学びます。患者さんの断酒しようとする気持ちを維持して支えるために、お酒を飲まない習慣を身に付けること、良好な人間関係を構築・維持していくことの大切さをも学びます。アルコール依存症の正しい知識を得ることは大切ですし、家族教室とよばれるもので家族が一緒に治療に参加することも重要になります。この段階から少しずつ自助グループへの参加もはじめていきます。

③ 退院後のアフターケア

退院後のアフターケアは、病院やクリニックへの通院、抗酒薬の服用、自助グループへの参加が大切です。

・病院やクリニックへの通院

入院治療後も定期的に病院やクリニックへ通院することが大切です。定期通院することで、アルコール依存症の治療や断酒へのモチベーションを保ち、医師の診察により問題点が浮かびあがることもあります。

・抗酒薬の服用

断酒を続けるための補助的な役割として抗酒薬があります。抗酒薬はシアナマイドとノックビンの2種類があり、どちらもアセトアルデヒド脱水素酵素の働きをブロックする作用があります。抗酒薬を服用していると、すぐに強いフラッシング反応が出ます。フラッシング反応とは呼吸困難や動悸、頻脈、顔面紅潮、悪心・嘔吐、血圧低下、めまい、脱力、視力障害などです。少量のお酒でもこれらの反応が強くでますので、その不快感から断酒を続けることができるという原理になっています。

・自助グループへの参加

精神科でアルコール依存症のためにできることは、実はさほど多くはないといいます。そのため、自助グループへの参加がとても有効です。日本にはAA(アルコホーリクス・アノマニス)と断酒会の2種類がありますが、どちらも基本は同じで「アルコール依存症の人が断酒を目指す」ことを目的としています。同じ目的を持ち、同じ病気で苦しんだという共通点を持つ人が集まることで、自分をみつめなおすと同時にメンバーが断酒継続の支えとなります。

アルコール依存症の近年の傾向

最近はお酒をほとんど飲まないか飲めない人が増えている中で、女性や高齢者でアルコール依存症が増加傾向にあるようです。
国立の専門医療機関では「減酒外来」を行っているようです。従来のアルコール依存症の治療は断酒に重点がおかれてきました。この外来ではお酒の量を減らすことや問題のない飲み方をすることも含めた、受診した方それぞれの多様なゴール設定に合わせたお酒とのお付き合い方をサポートするそうです。減酒外来はお酒を断つではなく、減らすというように間口を広げることで、いまはまだ自覚がない人や予備軍の人にも扉を開くことになりそうです。

さらに、日本でこれまで使われてきた薬は、「抗酒薬」と呼ばれる薬でした。その治療では薬を飲まなくなる患者さんも一定数いるようです。そこでお酒を飲んでも気持ち悪くならない、アカンプロサートという薬が導入されているようです。日本では2013年から使用が可能になっており、ヨーロッパでは30年ほど前から使用されている薬です。
これは、脳に作用して飲みたい気持ちそのものを減らす薬です。もしお酒を飲んだとしても抗酒薬のように、脈が速くなるなどの反応も起きないため高齢者でも使えるという特徴もあります。

減酒でアルコール依存症が改善することがヨーロッパの研究でわかっているようです。このように患者さんの治療の壁を低くすることで受診する患者さんは増えるのではないでしょうか。国もアルコール依存症対策に取り組んでおり、アルコール健康障害対策推進基本計画を推進しています。
今回はアルコール依存症についてとりあげました。これを機会に皆さまもお酒との向き合い方について考えてみてはいかがでしょうか。


著者:伊藤 直
精神科専門医
医療法人社団 平成医会「平成かぐらクリニック」院長
一般社団法人 健康職場推進機構 理事長


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