上手な説得方法
2021.06.14
- メンタルヘルス
説得の心理学
「説得」という言葉は、他者の認知をある特定の方向に導くことを目的としたコミュニケーションと定義されます。古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、説得するためには3つの要素が必要だといいます。それが、「エトス(信頼)」「パトス(共感)」「ロゴス(論理)」です。この要素が入っていることによってはじめて人を説得できるようです。
これから解説する3つの技法はビジネス場面でよく活用されており、心理学では社会心理学のカテゴリーに入ります。
1. フット・イン・ザ・ドア法(段階的要請法)
まず相手にとって受けいれやすい小さな要求を承諾してもらい、段階的に本来の目的である大きな要求を承諾させていく方法です。人は一般的に一貫した態度をとることが正しいと認識しているものです。このように自分で決めたことについて、最後まで一貫した態度をとろうとする心理作用を「一貫性の法則」といいます。一貫性の法則は、人の行動を動機づける強い力をもっています。
2. ドア・イン・ザ・フェイス法(譲歩的要請法)
この説得方法は、フット・イン・ザ・ドア法とは逆の手法です。最初に誰もが拒否するような受け入れることができない内容を要求します。そして、最初の要求が拒否されたあとで、説得する相手が受け入れそうな要求をして本来の目的を達成するというものです。例えば、50万円の品物を買ってもらえるように説得したあとに、「では5万円の品物を買っていただけませんか」といわれたときに最初から5万円のものを勧められるよりも購買意欲があがることをいいます。
この説得は「返報性の規範」が心理状態に関与しています。説得をうける側が「相手も譲歩してくれたので自分も譲歩しなければならない」と思うのです。注意していただきたいのは、譲歩に譲歩が返ってくるのは相手との関係性がある程度築けていることが前提です。
3. ロー・ボール法(承諾先取要請法)
詐欺になってしまってはいけませんが、魅力的な条件を先にいって要求を相手に受け入れてもらい、しばらくしてから条件をより悪いものに変更しても受けいれてもらえるようになることをいいます。一度承諾すると承諾した後の義務感が生まれ、なかなか決定を変えようとしない傾向を利用しています。
商品を売るための心理的説得
人は説得を受けたときに、動機や興味の有無と受けとめる能力の有無によって、「中心ルート」と「周辺ルート」という2つの思考パターンをたどり、態度が変わるといいます。説得の得手不得手は、説得する相手の思考パターンに沿った情報を提供できているかということがポイントなのです。
その様子を示したのが、「精緻化見込みモデル」です。このモデルは、1986年にアメリカの心理学教授リチャード・ペティと社会神経科学者のジョン・カシオッポが提唱しました。
論理的な判断で購買決定する心理過程は中心ルート、感情的な判断で購買決定する心理過程は周辺ルートといいます。自分にとって重要な決断をするときは中心ルートで考えることが多いようです。
例えばパソコンは使えれば良いと考える人は、クチコミや見ためのカッコよさで購入(周辺ルート)を決定し、パソコンにこだわりのある人は、OSやCPUなどの技術的な情報を参考にして購入(中心ルート)を決定します。
精緻化見込みモデルの理論から考えると、消費者の商品に対する興味や知識の度合いに応じて、中心ルートに向けたマーケティングと周辺ルートに向けたマーケティングを使いわける必要があります。具体的には、こだわりと知識の度合いが高い相手には中心ルートを、こだわりや知識の度合いが低い相手には周辺ルートを重視します。商品に対して興味や知識がない相手には、周囲の評判や快適さなどを伝えて直感的に良いと思ってもらうことが重要なのです。
しかし、人間の脳はできるだけ省エネで動こうとして直観的に意思決定ができる周辺ルートを使いがちです。一度決断したものが簡単に変わらないのは中心ルートをつかった思考パターンですので、後々後悔が少ないのも中心ルートといえるのかもしれません。私たちが購買者となる場合にはこのことを頭にいれておくとよいでしょう。
ここまで「説得」について解説してきました。
人は自分の意見を頭ごなしに否定されると、人格まで否定されたかのように悲しい気持ちになります。場合によってはメンタルヘルスの悪化にさえ繋がることもあります。伝える内容は同じであっても、伝え方によって相手が受ける印象は大きく変わるのです。ご紹介した手法は、心理学的な要素を強くしたものです。実際のビジネス場面では、相手を敬う気持ちや丁寧な言い回しなどが必要です。このようなことを忘れずに、活用できるものはぜひ活用してみてください。
著者:塩入 裕亮
精神保健福祉士
医療法人社団 平成医会 「平成かぐらクリニック」 リワーク専任講師
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