喫煙から起こる心理的な変化
2020.05.11
- メンタルヘルス
喫煙はストレスを増加させ、うつ病や不安障害など精神疾患に罹るリスクを高めることが近年の調査や研究で明らかになってきています。
全国たばこ喫煙者率調査(日本たばこ産業(JT)2018年)によると、成人男性の平均喫煙率は27.8%、女性は8.7%となっています。男女をあわせた平均喫煙率は17.9%であり、近年喫煙者の割合は減少傾向にあるようです。
喫煙による影響は、がんや脳卒中、心筋梗塞、高血圧や糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病をはじめ、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、肺炎、胃潰瘍、骨粗しょう症、歯周病、認知症など、全身の様々な病気のリスクを高めることが分かっています。
喫煙とストレスの関係
喫煙者に煙草を吸う理由を尋ねると、「煙草を吸うことでストレス解消になる」や「禁煙は試みたことがあるが逆にストレスがたまった」という人がいます。喫煙者の気分の変化を調べた研究によると、喫煙者のストレスは、喫煙前がピークとなり喫煙した直後には低下していき、次の喫煙までの間に増加していくということが分かっています。この結果をみて、喫煙によるスレスの軽減効果が一時的でもあると解釈することもできますが、ニコチン切れによる離脱症状(イライラ・易攻撃性など)を喫煙によって緩和しているにすぎないのです。ニコチンの作用は、脳からドーパミンが放出されることで一時的には快楽を得られますが、ニコチンの血中濃度の半減期は約30分といわれ、喫煙して一時的に離脱症状が改善されても、煙草を吸いたい気持ちが繰り返されるのです。つまり喫煙することで、ストレスを作り出していたのです。この負のスパイラルを止められなくなってしまうのがニコチン依存といわれる状態です。また、依存性のある物質は、急に摂取を中止すると離脱症状が出現するため注意が必要です。離脱症状は依存性物質の血中濃度が急激に下がった事で生じる症状で、不安や落ち着きのなさ、イライラなどの精神症状や発汗や震えなどの身体症状が現れることもあります。
禁煙でメンタルヘルスの改善
実際に禁煙に成功した人たちの多くはメンタルヘルスの改善がみされ、うつ病のリスクもたばこを吸わない人と同等レベルまで下がるという研究結果が、2014年にイギリスのバーミンガム大学から発表されました。この研究では、喫煙者のメンタルヘルスについて調査した26個の研究を解析し、禁煙直前と禁煙6週以上後の精神状態についての比較を行いました。対象となった4500人の患者の中央値年齢は44歳で48%が男性、平均喫煙本数は20本/日、ニコチン依存性は中等度の人たちでした。
方法としては、参加者に禁煙に取り組んでもらい禁煙の前後でストレスや不安感、生活の質などに変化があったかを調査しました。その結果、禁煙することによって6週間以上後の精神状態では有意な改善が得られたのです。その内訳は、禁煙に成功した人たちは失敗した人たちに比べて、不安障害が37%、うつが25%、ストレスが27%それぞれ低下し、生活の質が向上し積極的になったと感じるという人が22%も増えました。
このように、煙草の身体面の悪影響は以前より多く指摘されていましたが、メンタルへの影響はあまりご存知なかったのではないでしょうか。煙草は、ストレス解消どころかストレスの原因となってしまうのです。
また、喫煙者自身だけではなく、非喫煙者にも大きな影響を与えかねません。受動喫煙による健康被害を含め、周囲に喫煙者がいることで煙草を吸う人の衣類から発せられる臭いや呼気、勤務中に喫煙のために離席して仕事を滞らせることに対する不満など、非喫煙者へのストレスにも関与してくるのです。
近年ハラスメントが話題になることがありますが、スメルハラスメントというものがあります。スメルハラスメントはセクシャルハラスメントのように国が指針で発表しているものではないため、どのような匂いがハラスメントに該当するのかという明確な基準を定義付けることは困難なのですが、においにより周囲を不快にさせるものであるということに変わりはありません。
煙草を吸わない人のメンタルヘルスまで考えた際には、喫煙者への禁煙に向けた支援やサポートプランを充実させていくことも大切です。長年喫煙習慣がある人にとって禁煙はハードルが高いことかもしれません。しかし、離脱症状の緩和効果のある禁煙補助薬を使うことで、禁煙を成功させる方も多くいらっしゃいます。
心身ともに健康かつ仕事でのパフォーマンスをさらに向上させるためにも、禁煙の重要性について考えてみてはいかがでしょうか。
著者:伊藤 直
精神科専門医
医療法人社団 平成医会「平成かぐらクリニック」院長
一般社団法人 健康職場推進機構 理事長
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