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PTSDの症状や治療法

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皆さまはPTSDという疾患をご存知でしょうか。 安全が脅かされるような出来事や外傷体験、精神的なショックをうけたことがトラウマとなり、心身に様々な精神症状を引き起こす疾患です。過酷な状況におかれた場合、誰もがなりえる疾患です。今回はPTSDについて解説します。

PTSDとは

PTSDとは心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder)の略称です。
生死に関わるような身の危険に遭遇したり、他者が死傷を負うような場面を目撃することで、その状況が自分の意思に反してくりかえし思いだされます。また、恐怖や無力感とともに被害が続いているような感覚が生じます。天災、戦争、事故、犯罪、虐待などにより喪失体験や生死にかかわる危険にあったり、その現場を目撃することが発症の一因です。

WHOによれば、生涯有病率は日本では1.1~1.6%とされています。PTSDが日本で注目を集めるようになったのは、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件がきっかけでした。
WHOの予測では、PTSDは今後劇的に増加するといわれており、将来的には全世界の障害原因の上位12位に入るのではないかと考えられています。

PTSDに多い併存症として、抑うつ障害、双極性障害、パニック障害、不安障害、物質使用障害、摂食障害、人格障害、素行症などがあります。これらの精神疾患とPTSDが合併している人は80%以上もいるといわれています。
自閉スペクトラム症やパニック障害などではPTSDと似た症状が現れることもあるため、客観的な検査による診断が必要です。

4つの症状

PTSDの診断基準は、災害や戦争、犯罪被害などの強い恐怖をともなう体験が存在していることが診断の前提です。アメリカ精神医学会によって出版されているDSM-5では以下のような診断基準がもうけられています。

A.危うく死亡したり重症を負うような出来事の体験、もしくは目撃している
B.心的外傷的出来事の後に始まる、関連した侵入的かつ反復的な症状の存在
C.心的外傷的出来事に関連する刺激の持続的回避
D.心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化
E.心的外傷的出来事に関連した過覚醒と反応性の著しい変化
F.基準B~Eが1ヶ月以上持続している

ここで具体的な症状を解説します。
PTSDの症状が、発症後1カ月以上継続しているときにはPTSDと診断され、発症後1カ月未満の場合には急性ストレス障害と診断されます。

① 侵入症状

トラウマとなった体験時の感情(恐怖、怒り、悲しみ、無力感など)や身体的な感覚がよみがえり、追体験することや繰り返し夢にみることもあります。強い症状はフラッシュバックと呼ばれ、目のまえで当時の状況が再現されているかのような感覚に陥ったり、周囲の呼びかけにも反応できない状態になることもあります。フラッシュバックにより、動悸、呼吸困難、吐き気、緊張、冷や汗をかくなどの身体症状がでることもあります。

② 回避症状

トラウマとなった出来事を思い出すような人物や状況、思考、感情、会話を、意識的あるいは無意識的に避けるようになります。
例えば、津波で家族を亡くした人が海に近寄らなくなったなど、回避行動によって行動が制限されます。
また、辛い記憶から自身を守り、それを避けるために感情や感覚が麻痺するという症状がでることがあります。
家族や周囲の人に対して愛情や優しさを感じなくなったり、心を開くこともできなくなってしまうこともあります。

③ ネガティブな感情と認知

自分や他人、世間に対して持続的で過剰に否定的な感情が浮かぶようになります。
結果として自分を責め、周りの人を信頼できずに負の感情を持ち続けるため他者から孤立したり、何事にもやる気がおきなくなったりすることがあります。

④ 過覚醒

興奮や緊張をつかさどる交感神経系が過度に活動している状態がつづきます。再び危険な状態に陥っても対応できるように準備をしている状態です。つらい記憶がよみがえっていない時にでも、交感神経が過敏になっているので、わずかな音や匂いなどの刺激に過剰に反応して、常にイライラしていたり、警戒心が異常なほど強いため、集中力が低下したり眠れなかったりすることがあります。この症状にはムラがあり、一般的に波形を描きながら徐々に回復していきます。

⑤ その他の症状

PTSDは上記のほかにも様々な症状をひき起こします。不整脈、頭痛、筋肉痛、下痢、パニックや恐怖心、過剰な飲酒や薬物の使用などは、その代表です。

PTSDの治療方法

発症から数ヶ月間で自然回復する人が6~7割程度といわれています。
PTSDの治療方法について、いくつかご紹介します。

〇環境調整
トラウマとなっているものにふれないように環境を整えます。虐待が起こっている場合には、児童相談所などの社会資源を活用してその状況から離れたり、ストーカー被害にあってPTSDの症状が生じている場合には、引越しをするなど、トラウマの原因を根本から排除することをめざします。

〇薬物療法
抗うつ薬(SSRIなど)を中心として、抗不安薬や気分安定薬の活用がPTSDに効果があることがわかっています。しかし、あくまで対症療法であることから、一時的な症状の緩和を目的として選択されることになります。自殺念慮や不眠、うつ症状や不安感が強い場合などにもちいられます。

〇持続エクスポージャー療法を中心とした精神療法
持続エクスポージャー療法は認知行動療法の一種です。トラウマとなった体験に焦点を当てた治療方法で安全な環境禍で治療者との対話を通じて、トラウマとなった体験をイメージして、思い出した時の危険性や恐怖感をなくし、安全な感覚を学習していけるよう促します。
PTSDの治療で用いられるものにEMDRという眼球運動を利用したものがあります。
EMDRは眼球運動による脱感作と再処理法と呼ばれ、トラウマに関連した記憶を呼び出し、そのときに左右交互に何らかの刺激(両側性刺激)をあたえます。この治療を行うことで、断片化されたトラウマ記憶がつなぎあわされていき、頭の中で正常に処理することができるようになります。
1998年にアメリカ心理学会、2000年に国際トラウマチックストレス学会によって有効性が認められ、2013年にはWHOでも推奨されています。多くの国々のPTSD治療ガイドラインでは、持続エクスポージャー法(認知行動療法)とEMDRの2つが記載されていますが、日本ではまだガイドラインには記されておりません。
また、PTSDに対してだけでなく効果が期待できると考えられています。左右交互の刺激であれば膝を叩くような触覚刺激、音を鳴らす聴覚刺激であっても、同様の効果がえられることが明らかになっており、ネガティブなイメージしかなかった外傷記憶になれることで、ポジティブな部分もあわせて適切に過去の記憶として処理ができるようになります。

誰しもが生死にかかわるようなショックな出来事に遭遇したときにおこるべく反応であり、場合によってはPTSDに罹患する可能性もあります。また、同じ経験をしてもPTSDになる人とならない人がいるのは、ストレスに対する脆弱性が1人1人違うことが関係しています。人間の本能として当たり前な反応であるのと同時に、これまであげたような症状がある場合には医療機関を早めに受診することをおすすめします。


著者:伊藤 直
精神科専門医
医療法人社団 平成医会「平成かぐらクリニック」院長
一般社団法人 健康職場推進機構 理事長


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