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身近なところに使われているナッジ理論

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みなさまは「ナッジ」という言葉を聞いたことがありますか。 ナッジ理論は、文章の表記や表示方法等を工夫することで、その人の心理に働きかけ、行動を行動科学的に変えていくことができるというものです。ナッジ理論をうまく活用すると、私たちが自然についやってみたくなるような形で良い方向に導いてくれます。今回は、ナッジ理論について解説します。

メンタルヘルスコラム:身近なところに使われているナッジ理論

ナッジ理論とは

ナッジ理論は、人間の行動を心理学、経済学の側面から研究する「行動経済学」の教授によって発表されました。この行動経済学を実社会で役立てる一つの方向性として示されたのがナッジ理論です。
ナッジ理論の提唱者として知られるリチャード・セイラー教授は行動経済学への貢献から、2017年のノーベル経済学賞を受賞しました。それ以降、少しずつナッジ理論という言葉は社会に浸透してきました。

ナッジ(nudge)は「そっと後押しする」という意味の英語です。「ナッジ(Nudge)」という言葉を辞書で調べると、(注意を引くためひじで)そっと突く、そっと突く、そっと動かすという意味となっています。
夏休みの宿題を早めに片付ける子ども、計画を立ててコツコツこなす子ども、2学期が始まる直前にまとめてする子どもがいます。「やらなければ」と思いながらギリギリになってしまうのは、子どもだからでも、怠け者だからでもなく、「人は常に合理的な判断に基づいて行動をするわけではない」という人の性質のためです。この性質を理解して、計画的に宿題をしてもらうためにはどうしたらよいのかというヒントが「ナッジ理論」の中にあります。
行動経済学の意味では、「人々が強制的にではなく、より良い選択を自発的に取れるように手助けする方法」をいいます。

メンタルヘルスコラム:ナッジ理論を用いた事例

ナッジ理論を用いた事例

私たちの身近なところには、ナッジ理論を活かしたものがいくつもあります。
イメージしやすいのは、コンビニやスーパーのレジに並ぶ時の位置です。床に足形のマークがあると、店員に言われなくてもその場所で自分の順番が回ってくるのを待ってしまうと思います。待つべき場所を言う側も言われる側も負担がありますが、足形マークによって、そのストレスは解消され、整然とレジ待ちの列が作られる効率的な仕組みです。

ナッジは予防医学においても欠くことのできない視点です。
厚生労働省では、ナッジ理論を利用し、健康診断やがん検診の受診率を向上させる施策を推奨しています。
「健康診断やがん検診を受ける」という正しい行動がとれない理由は様々ですが、「なんとなく面倒」「後回しにしたい」という心理的バイアスがあることが分かっています。その部分を少し後押ししてあげることで、行動変容を促すことが出来るのです。心理的バイアスは無意識な状態で本能的に発生し、直感的に疲れない道を選ばせてしまうのです。
検診にはいくつもの項目があり、いつ・どこで・どのような項目を実施するのか、多くの選択肢があります。選択肢が多いのはメリットでもありますが、決めていくことは一つの意思決定であり、決めることが少ない方が行動に移しやすいとも言えます。そのような簡易のプロセスによって、実際に受診率が向上しています。

スーパーで準備されているカートが大きいサイズだと、ついたくさん買ってしまうことはないでしょうか。多くの人にたくさんの商品を買ってもらうための仕組みにもナッジ理論が使われていることがあります。

社会の流れにもナッジ理論がある

今年に入って、ナッジ理論がより注目を集めることになったのは、新型コロナウイルスという新たな脅威が現れたからです。
日本では、感染予防対策として、手洗い・マスクの着用を推奨しました。さらには、緊急事態宣言が発令されることとなり、外出自粛・テレワークの推奨と徐々に行動制限が増えていきました。しかし、諸外国と大きく異なるのは、規制や強制力はなく、選択の自由が残されているということです。もちろん望ましくない選択をしたとしても、罰則・罰金などはありません。
国が新型コロナウイルス対策での行動変容を国民に要請するときには、私たちが自分にとって一番良い方法を自分で選べるようにサポートする立ち位置で提言しています。また、環境省では、新型コロナウイルス感染症対策における市民の自発的な行動変容を促す取組(ナッジ等)の募集をしています。

ナッジが良い方向に導いてくれる

ナッジ理論の原著の表紙に親子のゾウが描かれています。親のゾウが鼻で子供のゾウをそっと押しながら歩く、これが象徴的なナッジのイメージです。子ゾウは親のゾウに鼻でそっと押されながら自由に歩くのと、子ゾウが背中に乗せられて、道を選択する自由がない状態と比較してみて下さい。
選択の余地を残しながらもより良い方向に誘導する、または最適な選択ができない人だけをより良い方向に導く、この導きがナッジ(nudge)です。

相手の行動を変えてほしい時、「こういう風にしなさい」「あれはやらないで」というと、言う側も言われる側も良い気はしないでしょう。ナッジをうまく生かすことで、人間関係も良好に保っていけると良いと思います。


著者:金子 綾香
保健師
医療法人社団 平成医会


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