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被害者を責めてしまう心理的な要因

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人は他人の成功について、その人の特別な能力によるものだと考える傾向にあります。一方で不幸な出来事についてもその人の行動が悪いからだととらえてしまうことがあります。これは「公正世界仮説」という心理的な要因が影響しています。今回は、心の安定にもつながる「公正世界仮説」のメカニズムを解説します。

メンタルヘルスコラム:被害者を責めてしまう心理的な要因

公正世界仮説とは

良いことをした人には良い結果が、悪いことをした人には悪い結果がもたらされると考えてしまう心理的バイアスを公正世界仮説といいます。バイアスとは物事を認識する際に、これまでの経験や固定観念から合理的でない考え方をしてしまうことです。
公正世界仮説は、1960年代に社会心理学研究を行っていたメルビン・ラーナーによって提唱されました。不透明な未来への恐怖心を克服するための仮説です。人間の行いに対する公正な結果を信じることで、人間は必要以上の警戒をせずに生きることができる、という考え方です。将来や未来についてのポジティブなイメージを抱き、未来に期待を寄せることができるようになるといった心理的効果があるとされています。

一例をあげます。
新型コロナウィルスの感染者を責める風潮が報道などでも取り上げられています。個人や企業で感染対策を徹底していても、感染してしまうことは往々にあります。
こうした背景には感染者を攻撃することで、不安から目を背けようとする心理が働いているのかもしれません。「感染者は感染するような行動をしたから」と思い込むことにより、自分の中で起きた不安を解消しているのです。

公正世界仮説に関する実験

ラーナーによる電気ショックを使用した実験が有名です。
その実験は72人の被験者に人が電気ショックを受ける様子を何度も見せて、被験者の心の動きについて観察しました。ちなみに電気ショックを受けている人は全員俳優で演技をしています。
被験者の心理状態は以下のように変化したようです。

① 電気ショックを受けている人を見て動揺する
② そのうち電気ショックを受けている人は悪いことをしたからだと思う
③ 電気ショックを受けている被害者をさげすむようになる
※電気ショックを受けることで報酬が出ると聞かされた場合は被害者を蔑むことはない

結果として被験者は、何らかの悪いことをしたから電気ショックの罰を与えられるのだという説明を受けると、被害者をさげすむことがなくなったそうです。
ラーナーはこの現象について、「全ての人間にはその人の言動に見合った結果をもたらす」や「その人の置かれた状態はその人の言動の結果である」という信念が根底にあると考えました。人間が犠牲者に対して第三者として批判的な態度を取る理由として、「その人が過去に悪いことをしたからであり、今ここで苦しむ様子を見ているだけの自分には関係がなく、この人は非難されるべき存在である」と考えたためと結論づけました。
このことから公正世界仮説とは、世界を人間にとって都合の良い世界(正義や悪の価値観にもとづき、それに見合った結果をうける)と解釈し、未来への不安を払拭するための心理的な防衛反応と説明することができます。
メンタルヘルスコラム:公正世界仮説のメリットと考え方

公正世界仮説のメリットと考え方

公正世界仮説は、社会秩序の維持にプラスに働くともいわれています。
例えば、良い行いをして悪い行動を控えようという考えを持つようになります。また、努力は報われると確信することで長期的な目標に取り組みやすくなります。正しく生きていれば世界は安全かつ秩序のある環境だという認識は、長期目標や幸福感を維持する基盤になると考えられます。さらに、公正世界仮説は利他的行動と正の相関があります。2013年のメタ分析によれば、公正世界仮説を信じている人は、神経症的であることが少なく、外交的で協調的な人が多いそうです。メンタルヘルスの健康にとっても公正世界説の論理は一役買ってくれるのかもしれません。
認知バイアスには、一時的に心を守ることや検証する手間を省くことで脳疲労を軽減するといった、心を楽にするための役割があります。仮に、バイアスが全くない状態であれば、事実をすべて受け止めるため、生きづらくもなります。そのため一概にバイアスを取り除けばいいということでもないのです。

「未来は安全で安心できる場所である」として勇気づける一面を持つなか、行き過ぎた差別や批難へ向かう危険性もあります。公正世界仮説があてはまっていそうな状況では、事実と仮定を見分ける必要がありそうです。自分については良い行いは将来報われるという考えを持ち続けるとよいでしょう。一方で、他者をみて自己責任というワードが出てきたら要注意かもしれません。

皆さまが生活していくなかで、公正世界仮説の存在を意識するのはどんなときでしょうか。
日常の中でふと湧いてきた自分の気持ちに戸惑うことがあるかもしれません。そのような時にはこのコラムを思い出して下さい。


著者:塩入 裕亮
精神保健福祉士
医療法人社団 平成医会 「平成かぐらクリニック」 リワーク専任講師


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